カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2017年6月 7日 (水)

シーサイドウオーク2017

シーサイドウオーク2017
P6047320rs 今年も、恒例のシーサイドウオークに参加した。毎年、梅雨に入るか入らないかの微妙な時期で、今年は梅雨前であり、青空が広がる良い天気となった。今回で10回目ぐらいの参加である。サンポート高松に午前8時過ぎに到着し、8時30分から開会行事があり、午前9時ごろ高松サンポート広場から屋島山上を目指した。今年は、そんなに暑くも無く、ハイペースで屋島山上に辿り着いた。休憩は、屋島の麓にある屋島小学校のちょっと南にあるチェックポイントで10分程休憩しただけて、午前10時40分には到着した。屋島は、はるか遠くに見えていたが、だんだんと近づき、屋島の形が判らないほど近づいた後は、屋島山上に向けての山登りとなる。ゴール地点は、屋島の南嶺であるが、それから片道2.5キロほどのハイキングコースを使って、北嶺の遊鶴亭まで歩き、遊鶴亭で昼食を摂った。そこからの眺めは、天気にも恵まれ、瀬戸内海国立公園の美しい景観を堪能することができた。遊鶴亭の途中にある千間堂には、例年のように睡蓮の花が咲いていた。遊鶴亭から南嶺の広場まで戻り、バスを使ってコトデン屋島駅を経由して自宅に戻った。良い汗を掻いたので来年も参加する予定である。P6047318rs
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2017年5月 6日 (土)

沈む夕日

沈む夕日
Img_6810rs 連休最初の頃に燧灘が広がる瀬戸内海で夕日を見てきた。このこの時期、この場所からは、海に沈んで行く夕日を見ることができないものの、遠くの中国山地へ沈む夕日になることは事前に調査していて、透明度が良ければ山のシルエットに沈む夕日になると思っていた。当日の昼間は快晴に恵まれ、他の日では、天候に不安があり、この日に決めた。自宅から1時間程度で燧灘に沈む夕日が見られる場所へ行けるので、早い夕食を現地で摂ってから夕日が見える場所まで車で出掛けた。船と島と太陽と海を同時に切り取りたかったものの、船は太陽が海に沈むよりだいぶ早めに通り過ぎてしまった。太陽の光は大気の厚い層が段々と増して光は段々と弱まり、遂には、太陽の光は何者かに隠されて行ったが何に隠されたかは定かでなかった。しかし、美しい夕日を見ることが出来た。水平線や地平線の見える場所は良いものだといつも思っている。Img_6795rs
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2017年4月17日 (月)

超豪華マンションの船

超豪華マンションの船
Img_6787rs 超豪華なマンションの船「The World」が高松港に寄港したニュースがあり、高松港へ出かけてきた。この船は、分譲型のマンションであるらしく、船室であるマンションは10億円以上が必要であるとのこと。とても購入できるようなマンションでは無い。世界のリゾート地をマンションのオーナーである乗客がどこへ行くか決めるとなっている。まさしく、住んでいながら地球を度することができる船である。岸壁から見ると、船の上にマンションが乗っかっているみたいで、とても不安定のような感じにしか見えない。高さの割には重く無く、重心は低いものと想像できる。海が見えない場所から見ると、まるでマンションそのものであった。もちろん船内の見学はできなかったものの、船から住民が出てきて、自転車を漕ぎ出すところに遭遇した。しかし、その人達を見ても極めて普通の人のようであり、どこにも居そうな人に見えてしまった。この船は、バハマ船籍で、全長が196.35メートル、全幅が29.80メートル、総トン数が43,524トンで、乗客定員がわずか390名とのことである。110の室が分譲のようだ。高松港には今回を含めて2回だそうである。概観のみであるが、船の煙突に特徴がある船で、船首にはヘリポートもあった。Img_6789rs
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2017年3月26日 (日)

バイクのギアポジションインジケータ交換

バイクのギアポジションインジケータ交換
P3253756rs 数ヶ月前、通勤に使用しているバイクのギアポジションを表示するランプの1個が消えてしまって、この消えたギアポジションの時だけ表示がまったくされないので、気になって仕方なかった。とりあえず、市販のムギ球を交換するものの、他の表示と明るさが違う点が気に入らなかった。色々とネットで調べると、麦球をLED(発光ダイオード)へ交換した記事を見つけ、このLEDの交換をしてみようと電気パーツ店へ行き、購入してきた。電圧が12Vで点灯することから、LEDの電流値から概ね良いと思われる900Ωの抵抗を直列に接続することとし、バイクのヘッドライトを外し、メータパネルを外してムギ球の基盤を取り出し、半田鏝を使って空いている基盤に抵抗を取り付け、ムギ球を外し、代わりにLEDを半田付けして対応した。時間的には1時間程度の作業であったが、なんとかギアポジションインジケータのLED化が出来て良かった。制作費用は、部品代が600円程度であった。秋葉原のパーツショップならば100円もあればお釣りが来るのだが、送料などが必要であり、当地では仕方が無い出費となった。なお、半田付けも、慣れれば簡単なのであるが、年に1~2回程度ではこの程度かも。P3183744rs
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2017年2月27日 (月)

滝宮天満宮の梅

滝宮天満宮の梅
P2253694rs 先日、滝宮天満宮へ梅を見てきた。某NHKのローカルニュースで、梅が満開であるとのことで、毎年では無いものの、滝宮天満宮には梅を見にきている。今年も、色々な事が新たに判り、それを紹介したい。菅原道真公は、今から1,100年以上も前の西暦886年(仁和2年)から4年間に亘って讃岐の国の国司として、赴任してきた。その菅原道真が、京都以外の地方で唯一政権を摂った場所であり、後に京都に帰って出世されたという伝えが残り、その由縁で滝宮天満宮は、立身出世の登竜門といわれ、滝宮天満宮(讃岐)、京都(北野天満宮)、大宰府(福岡)の順で参拝すると良いといわれているそうである。私は、順番は違うが、滝宮天満宮、大宰府、北野天満宮の順で参拝したことがある。その滝宮天満宮の梅は、赤、白はもちろん、枝垂れ梅もあり、先日訪れた時には、梅の花も盛りを過ぎていたが、境内には梅の香りも漂い、暖かな日差しもあって梅を愛でることができた。この滝宮天満宮は、菅原道真が、お住まいになった場所に建てられたそうで、歴史を感じる場所である。つい、この前には、NHKの「ブラタモリ」の放送で、紹介されていた。P2253685rs_2
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2017年2月 5日 (日)

十割そば「まちだ」

十割そば「まちだ」
P2033518rs 先日、西讃へ行く機会があり、店舗の場所が変わった「まちだ」へ初めて行った。店の主人に尋ねると、ここに移ってからもう早、6年になるとのこと。以前あったお店には、数回お邪魔したことがあり、美味しい蕎麦を食べることができ、また食べたいなと思っていた。以前のお店は、通りの少ない道路に面していたが、新しいお店は、比較的交通量の多い場所で、店構えも以前のような民家から、蕎麦屋のような、しかしおしゃれな店構えと変わっていた。早速、メニューを見ると、メニューも多くなり、お昼時なもので、日替りセットを注文した。天麩羅、盛り蕎麦、煮物、お新香が付いていて、ご飯も付いていた。もちろん、食後の蕎麦湯も付いていたので、蕎麦を堪能できた。まあ、1,000円なので良いかもしれない。天ざる蕎麦、鴨南蛮等もあるので、次回は天ざる蕎麦にしようと思った。P2033530rs
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2016年12月 6日 (火)

くらまの兵装

くらまの兵装
Img_6553rs 数日前に、海上自衛隊の護衛艦「くらま」の紹介をしたが、今日はその兵装の写真を見てみたい。口径が5インチの速射砲2門は、開発国がアメリカであり、1953年の配備以来、現在でも新たな船に搭載されているようである。銃身が5.84m、最大射程が23.5kmである。対潜ミサイルのアスロック8連装は、これまたアメリカで開発された対潜水艦用の空中を飛んで着水し、その後、魚雷となって目標を自動追尾するロケット魚雷である。発射後、マッハ1の速度で目標到達までの時間が非常に短いという性能である。、3連装魚雷発射管は、これまたアメリカで開発され、安価で信頼性が高いことから広くしようされている。324mmの口径で3本が俵積み型にまとめられている。艦対空ミサイルのシースパローは、固体燃料ロケットを搭載したミサイルを発射可能で、射程は26kmもある。20mm機関砲はレーダーを搭載しているので、弾道をレーダーで追尾し、目標とのズレを計測して自動的に砲身の向きを変更して砲弾を発射すると言う優れものである。いやはや、まさしく兵器である。人殺しに使わないことを願うばかりである。Img_6512rs
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2016年12月 4日 (日)

護衛艦くらま

護衛艦くらま
Img_6434rs 昨日、海上自衛隊の護衛艦「くらま」を高松港で見てきた。全長が159m、全幅が17.5m、排水量が5,200トンの護衛艦で、口径が5インチの速射砲を2門装備の船である。速力は31ノットというので、凡そ時速57kmで海を進むことができるようである。3万5000馬力のエンジンを2基搭載しているので速いのだろう。ちなみに、第2次世界大戦で日本海軍の戦艦であった大和は、27ノットなので、大和よりも少し速い。兵装は、5インチ速射砲のほか、対潜ミサイルのアスロック8連装、3連装魚雷発射管、艦対空ミサイルのシースパロー、20mm機関砲を搭載している。中でも5インチ速射砲は、毎分35発を撃つことができ、しかも「くらま」は2門搭載しているので、かっこよく見える。昨日は、天候も良く、一般公開となったため、艦に乗船するための人々が長蛇の列となっていたため、乗船は諦めた。「くらま」は、就役から30年以上も経過していることから、来年春には除籍となるらしい。見ることができて楽しめた。Img_6443rs
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2016年11月23日 (水)

アナレンマ式日時計

アナレンマ式日時計
Img_6253rs 先日、高知県立坂本竜馬博物館で、「アナレンマ式日時計」を発見した。アナレンマ式日時計は、日時計の中でも、ほとんど時刻の補正が必要の無い日時計であり、初めて現物を見ることが出来た。アナレンマの説明をすれば、長くなるが、以下のように説明できる。面倒なので、日本の標準時日本の標準子午線である東経 135°の線上で考えてみる。東経 135°の場所であれば太陽は毎日正午に南中しそうであるが、実際に太陽が南中する時刻は正午から最大で16分程もずれてしまう。しかも、その量が一年の間に結構複雑に変化するのである。このずれは「均時差」と呼ばれるもので、均時差が生まれる理由は地球の軌道が楕円であること、地軸が公転面に対して垂直でないことの両方が関係しており、均時差によって生じる太陽の南中時刻のずれの分だけ正午の太陽の位置は真南から東西にずれてしまう。私は、ほとんど同じ時間に、昼食に戸外へ出るため、この現象を体で感じており、毎日のように正午の太陽方向を見ると、太陽が南中を過ぎていたり、南中になっていないことに気付くものである。以上のように、この現象は地球のどの場所でも同じように起こり、この時間のズレを補正するための指針を直線では無く8の字の回転体(ひょうたん型の変形)に置き換えた日時計がアナレンマ式日時計である。なお、坂本竜馬記念館にあるアナレンマ式日時計のある場所は、工事中であり入ってはいけなかったかも知れないが、抜け道を探している内に行き止まりとなった場所にあった。Img_6222s
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2016年10月28日 (金)

坂本竜馬

坂本竜馬
Img_6207rs 先日、高知へ行って来た。桂浜で、土佐犬の横綱である、土佐健龍という犬を見て、夕方から高知の酒を楽しみながら、ほぼ満月近くの月を見て宴会をしてきた。その前に、竜馬の横顔を間近に見ることができる櫓に登ってきた。入場料は、300円で、来月27日までの限定で坂本竜馬像を見ることが出来る。真横から見ると、たいそう大きく見えて、なかなか景色は良かった。高知駅前にある武市半平太、中岡慎太郎、坂本竜馬の3つの像は、発泡スチロールでできた像であるが、こちらの坂本竜馬像は、重量感もあって楽しめた。ただ、あまり天気が良くなく、しかも日没近かったもので、下から見上げる坂本竜馬像は逆光でもあり、シルエットの坂本竜馬となった。何回もこの桂浜にある坂本竜馬像は見たが、竜馬の横顔を真横から見たのは始めての経験であった。若くして、近江屋で、刺客に襲われ亡くなったが、もう少し長く生きていれば、日本の国がもう少し違った国になっていたかも知れないと思うと、それなりに日本は鎖国から抜け出して近代国として現在に至っていることに少しは坂本竜馬に感謝する必要があるかも知れない。とにかく、坂本竜馬は傑出した人であったのだろう。Img_6211rs
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